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第40話
第40話
大切なのは楽しむこと
ここ数年、シングルモルトに注目が集まっているようだ。シングルモルトは単一の蒸溜所でつくり、瓶詰めしたモルトウイスキーだが、1853年以前のスコッチウイスキーはすべてシングルモルトであった。
ブレンデッドウイスキーが誕生したのは1853年、スコットランド、エジンバラのアンドリュー・アッシャーが、グレンリベット蒸溜所のモルトウイスキーにグレーンウイスキーをブレンドして発売してからと言われている。
また、スコットランド政府は、1860年まで異なる蒸溜所のモルトウイスキーをヴァッティング(混和する)することを許可していなかった。ちなみに昔はシングルモルトウイスキーという呼び名はなく、蒸溜所名のモルトウイスキー、たとえば「○○蒸溜所のモルトウイスキー」と言っていたという。今でこそ様々なタイプのウイスキーがつくられるようになったが、昔のウイスキーづくりは随分と窮屈なものであったようだ。
シングルモルトにはふたつの種類がある。『シングルカスク余市』のように特別に選ばれたひとつの樽のものだけでつくったウイスキーと、『シングルモルト余市』のように、ひとつの蒸溜所でつくられた個性が異なるモルトウイスキー同士をヴァッティングしたものである。シングルカスクの場合、樽ごとに香りや味わいが微妙に違うのは当たり前のことであり、それが瓶詰めされた商品の面白味となる。しかし、「シングルモルト○○」のようにひとつの銘柄として継続的な商品とするには、品質管理の面で難しさがつきまとう。
余市、宮城峡と気候風土が異なる蒸溜所で多彩なモルトウイスキーがつくられるようになり、“素材”となる原酒が増えることで様々なタイプのシングルモルトウイスキー、ブレンデッドウイスキーが出来るようになったのだが、完成させるウイスキーは1本ではない。同じ物を継続的につくらなければならない。
品質に違いが出ないようにチェックするのがブレンダーの仕事であるが、実は同じ銘柄でも厳密にいえばロットごとにいくらか違う。これは他の飲み物、食べ物も同じである。ウイスキーの場合、原料となる大麦は一見同じように見えても、その年の気候等によって品質が違ってくる。私たちが食べている白米も、毎年寸分違わない品質の米が収穫されるわけではない。ウイスキーづくりに至っては樽で熟成させるため、特に同じ味わいをつくりだすのに骨が折れる。それだけにブレンダーの仕事は苦労が少なくないが、生き物のようなウイスキーを相手にしていると、思いがけない香りや味わいに出会うこともあり、そこに面白さを見出すことも出来る。
以前、宮城峡蒸溜所限定の10年物の原酒に面白いものがあった。この原酒はひとつの樽の原酒だけを用い、一切加水せず、最低限の濾過だけをして瓶詰めしたものだが、アルコール度数が66パーセントもあったのである。樽を高温・乾燥状態で置くとアルコール度数が上がり、低温・多湿状態で置くと度数が下がる。この樽は高温・乾燥のバランスの環境の中にあったと考えられる。
ブレンダーといえば、随分以前に、とある英国のブレンダーと会ったのだが、彼はこんなことを言っていた。「私はウイスキーの香りを利くとき、ウイスキーを注いだグラスにパイプの煙をふぅっと吹きかける。この煙の隙間から立ち上ってくるウイスキーの香りを嗅ぐのさ」奇妙奇天烈と思われそうだが、彼曰く「普段、ウイスキーを飲んでいるときと同じ状態で香りを嗅いでいるのだ」ということだった。
よくブレンダーは(嗅覚を研ぎ澄ませておくために)煙草を吸わない、刺激物を食べない、人によっては整髪料もつけない、というが、政孝親父は缶入りの両切り煙草を吸っていた。時にはふらりと蒸溜所を抜け出して釣りに出かけたり、囲碁を打ちに行ったり。それが息抜きとなって新しいウイスキーづくりへの英気が養われたのではないか。ちなみに私はふらりと抜け出すことはしなかったが、仕事が終わり、肩の力を抜いてバーや家でウイスキーをのんびりと味わうのが良い息抜きになっていたように思う。
ところで。ウイスキーを最高に美味しく飲む方法とは何であろうか?良い割り水、良い氷を用意する。これも一理あるが、何より大切なのは楽しむことではないか。政孝親父は、著書『ウイスキーと私』にこう書いている。
“ウイスキーは酔っぱらうためにあるのではない。
楽しむために飲むものだ。楽しんでいるうちに自然に酔ってくる・・(中略)・・どうも日本人はグイグイ飲んで、すぐにゴロリとなってしまう。
これではあまりに味気ない・・(中略)・・楽しみはできるだけ長く- それが人生を幸せにする方法であるといえよう。”
ウイスキーが人生を幸せにするかどうか。政孝親父は、間違いなく幸せだったであろう。