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第77話

第77話

ウイスキーを通してたくさんの方々との交流を持つことができたことを心から感謝

2008年も残り数日。毎年、世相を最も反映した漢字が京都・清水寺の貫主によって揮毫(きごう)されるが、今年は「変」であった。金融危機や異常気象、オバマ氏が当選した米大統領選など変化の多かった一年であることから「変」が選ばれたのだろう。しかし、ウイスキーづくりに携わっている人間としては、どの年も「真」でありたいと思っている。より良い品質のウイスキーを、いつでも美味しく飲んでいただきたい、という思いは“不変”である。

今年印象に残った出来事といえば、『シングルモルト余市1987』が「ワールド・ウイスキー・アワード(WWA)2008」で世界最高賞「ワールド・ベスト・シングルモルト・ウイスキー」を受賞したことである。昨年『竹鶴21年ピュアモルト』が世界最高峰(ワールド・ウイスキー・アワード2007 ワールド・ベスト・ブレンデッドモルト)に認定されたことに続き、名誉ある賞を2年連続でいただくというのは、まさに快挙であり、大変喜ばしく思われる。かつてはスコットランドの人々に「日本のウイスキーは、ウイスキーではない!」と言われた時代があった。その日本のウイスキーが世界に認められるようになったのである。

1989年、ニッカウヰスキーはスコットランドのベン・ネヴィス蒸溜所の経営権を取得した。ベン・ネヴィス蒸溜所は、イギリスの最高峰ベン・ネヴィス山の麓、フォートウイリアムにある。経営権取得にあたり、ロンドンに駐在していた担当者は6年間、グラスゴーからさらに車で2時間かかるフォートウイリアムに200回以上通った。

ベン・ネヴィスは、創業1825年という歴史ある蒸溜所である。創業者は“ロング・ジョン”の愛称で知られるジョン・マクドナルド。彼が身長190㎝を超える大男だったので“ロング・ジョン”と呼ばれるようになったらしい。そんなエピソードを持つ蒸溜所だからこそなおさら、最初は「日本人が経営権を取得したとなるとスコットランドの人たちがショックを受けるかもしれない。横文字の別会社をつくって、そこの所有ということにしたほうがよいだろうか。いずれにしても静かに話を進めよう」と思った。今でこそ友好的なスコットランドと日本のウイスキー業界だが、当時はまだ距離感のようなものがあったのである。

しかしグラスゴーで交渉を終えてロンドンに戻ると、迎えに来た人物に「あなたの会社はベン・ネヴィスの経営権を取得するのか」と言われた。驚いて「誰に聞いたのですか?」と尋ねると、彼は「うまくいかないと思うよ」と言い、「別のところがもっと高値で買うという話が出ている」とも言った。私は双方が決めたことで問題はないし、信頼関係だけでサインもしてきていないが、今更ひっくり返されることはないと確信していた。私は彼に「英国人は誠実だから裏切られるようなことはない」と断言した。

そして、どこから情報が漏れたのか、翌日の新聞に「ニッカウヰスキーがベン・ネヴィス蒸溜所の経営権を取得」という記事が載った。中にはほとんど一面で掲載している新聞もあり、再度驚いた。しかしニッカの「タケツル」という名前はスコットランドで知られており、品質を大切にする会社だということで先方はとても好意的であった。

同じ年の7月、ベン・ネヴィスの社長夫妻が来日。柏研究所、栃木プラント、宮城峡蒸溜所、余市蒸溜所を見学、「蒸溜所の規模が大きく、とてもよく整備されている」と感動の意を表してくださった。あれから20年、蒸溜所は稼動し続け、豊かな香味を持つウイスキーをつくり続けている。

さて、この時期になると正月の過ごし方を尋ねられるが、来年も自宅で過ごす予定である。お雑煮を食べてウイスキーを飲んで、のんびり過ごそうと思っている。竹鶴シリーズを“ウイスキー&ちょい水”で、これが丁度いい。

思えばリタおふくろも正月にお雑煮をつくってくれたが、自分はあまり好きではなかったようだ。それでも小さな餅をひとつくらいは食べていただろうか。スコットランドには水と粉を練った生地にポークなどを入れてつくる「ダンプリング(dumpling)」という料理があり、もっちりした食感があるが、日本の餅ほどのびるわけではない。スコットランド人のリタおふくろにとって、餅はある種、不思議な食べ物だったのかもしれない。

2009年を迎えるにあたり、やはり楽しみはブレンダーたちの成長である。つくり手達が懸命に育んだ原酒を一人前のウイスキーに仕上げる仕事は苦労もあるが、飲んでくださった方々の“美味しい”のひと言は何倍もの喜びを与えてくださるものだ。

そして、また今年もウイスキーを通してたくさんの方々との交流を持つことができたことを心から感謝したい。