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第32話

第32話

リタおふくろ直伝のウイスキー・トディー

この冬はインフルエンザが大流行した。過去10年間では、最大規模だった98年に次いで2番目だったらしい。私は特に大病をしたり、風邪やインフルエンザで寝込んだり、ということはなかった。これまでにも「ちょっと寒気がするなぁ」と感じたら、リタおふくろ直伝のウイスキー・トディー(WHISKY TODDY)~スコットランドでは、ウイスキー・シンダー(WHISKY CINDERS)~を飲んですぐ布団に入れば、翌朝にはすっかり良くなっていたものだ。

以前も書いたと思うが、ウイスキー・シンダーは陶器のカップにウイスキーワンショットとスプーン半分の砂糖か蜂蜜、熱いお湯を入れてつくるもので、日本でいうところの卵酒といったところか。丁子(クローブ)やレモンを入れればツンとくる香りがやわらいで飲みやすくなる。丁子は独特の甘い香りがあり、肉料理のスパイスや焼き菓子などに用いられる。乾燥したつぼみが“丁”の形をしているので「丁子(丁字)」と呼ばれている。

知人に作り方を教えたところ「美味しかったので何杯も飲んでしまった」とのこと。寒い晩などは体を温めるために飲むのもいいかもしれないが、ウイスキー・シンダーを何杯も飲んだという話には大笑いしてしまった。違う酒を使ったものでは、ラムにバターを加えて熱湯で割ったものや、ワインを温めてシナモンを加えたもの、ブランデーに卵の黄身を入れてかき混ぜたものなどがある。

思い起こすと入院・手術をしたことが一度だけあった。あれは昭和30年頃だったか、腹痛がするので余市の病院へ行ったところ盲腸と診断され、即刻入院ということになった。そのとき、リタおふくろは体調を崩して札幌の病院に入院しており、私が入院したと知ると心配するだろうから内緒にしておこう、と、リタおふくろには知らせないことにした。

しかし、お見舞いに行った社員が(内緒にしておくという事情は知らずに)私が入院したことを話してしまったのである。すると、リタおふくろは即座にスーツケースに荷物を詰め、「余市へ帰る」の一点張り。医者が止めるのも聞かずに余市に戻ってきた。そして毎日のように、栄養になりそうなものを作っては病院に届けてくれたのを覚えている。体調は決して良くないはずなのに。申し訳なさと心配で複雑な気持ちであったが、毎日届けられる食事はとても美味しく、じんと胸が熱くなった。

“健康”といえば、政孝親父は、「わしはウイスキーを飲んでいるから丈夫なんじゃ」と、よく自慢していた。歯を磨くのは朝に一度だけ。しかし、虫歯はほとんどどなかった。「寝る前にウイスキーの水割りを飲んで口の中が綺麗になるから虫歯にならない」ということであったが、真偽の程はわからない。つまみを口にしないのが幸いしたのかもしれない。

ウイスキーといえば、この号が配信される日『ニュー・オールモルト』と『ニュー・モルトクラブ』が発売される。カフェ式連続蒸溜機で大麦麦芽を蒸溜するという画期的なウイスキーは、全く新しい分野に属するウイスキーであると私は思う。

カフェ式連続蒸溜機は香味のもととなる成分を残すのが難しい。“サイレントスピリッツ”と呼ばれてきたグレーンウイスキーが大麦麦芽を用いることで新たな個性を持つ。そこに余市と宮城峡のモルトウイスキーをブレンド。味わいは軽やかで飲みやすい。モルトウイスキーが注目されている今、カフェ式連続式蒸溜機でつくられた“カフェモルト”は、どのように受け止められるか、楽しみでもある。

よく「美味しいウイスキーの飲み方」について尋ねられるが、これは一概に「これが一番だ」と言えるものではない。香りが豊かで熟成年数が長いものはストレートでじっくり味わいたい。軽やかな香味のものは水割りで。ただし“勝手な水割り”は飲む人を無視しているようなものだ。それぞれ好みというものがあるのだからウイスキー、氷、水をどのくらいの量注げばよいのか尋ねてからつくるのが親切というものだ。家で飲むなら少しずつ割合を変えて一番美味しいと思う水割りを愉しめばよい

ウイスキーを愉しむとき、余計な薀蓄は必要ないのである。