23時。オン・ザ・ロックをつくり、映画でも観ようか、と動画チャンネルをチェックする。
妻も娘も、もう寝室にいる。静かなリビングに、電子的なリモコンの操作音だけが響く。
特に観たいものがあるわけじゃない。自動的におすすめされるマッチ度96%のアクションものを適当に選び、再生する。
この手の映画のヒーローは大抵、かっこよくて腕が立つ一匹狼タイプと決まっている。過去に恋人を事故で亡くしたりして心に傷を負った、陰があるイケメンといったところだ。だが実在するヒーローは、かっこよくもなければ陰もなく、小柄でひょこひょこ歩き、図々しいほど人なつこく、素っ頓狂な声で喋る。少なくとも、僕が知っているヒーローは・・・。
その人に初めて会ったのは、スポーツクラブのプールサイド。日曜の朝、いつものように1000m泳いでデッキチェアで息を整えていると、小柄な白髪の男が近づいてきた。
「これ、落ちとったよ」
僕のハンドタオルを差し出している。すみません、と受け取ると、男は僕の左手首のス
マートウォッチを指して言った。
「あんた、面白い時計しとるねえ」
「ああこれ、タイム測れるんですよ」
ってことはアレか、電話もできる時計か、すごいねえ、と男は首を振った。
「この間ワシもテレビ電話ができるってスマホ買うたけど、何度やってもできん」
海外にいる孫と顔を見ながら話せるというので購入したものの、使い方がわからない、と言う。
「そんなに難しくないはずですけどね」
そうかね、と男が悲しそうな顔をしたので、良かったら教えてあげましょうかと言うと、男はパッと顔を輝かせた。ありがとう、じゃあ下のコーヒー屋で待っとるよ。甲高い声だった。
僕は半ばあっけにとられて、ひょこひょこ去っていく後ろ姿を見送った。小さいが、筋肉がしっかりついた背中だった。
階下のカフェで待っていた男に、僕はアプリの使い方を教えてあげた。男は助かったよ、と頭を下げ、クラタといいます、と名乗った。
「仕事は貿易です。昔は化粧品をタイランドやらに売って儲かったけど、今はひとりで
やっとります」
すごいですねえ、と生返事をした僕に、クラタさんはぎょろりと目を剥いた。
「今年でワシ80だけどカミさんは49。中国人です」
きっときれいな奥様なんでしょうね、と言うと、得意げに笑い、最初の妻はフランス人だった、と言う。
「最初のカミさんとはね、ベトナムで知りおうたんよ」
自分はパイロットの免許を持っていて、若い頃、ベトナム戦争で亡くなった米兵の遺体を飛行機で母国へ輸送する仕事をしていた。その時に知り合ったフランス人女性と最初の結婚をしたが、事情があって別れた。今の妻とは香港で出会い、最近までスイスで暮らしていた、と言う。
「あんたズーリック、知っとる?日本ではチューリッヒ言いよるけど、向こうではズーリック、と言います。そこに小さなヒュッテを持っとってね」
スマホで見れますでしょ、とクラタさんは僕を促してマップアプリを開かせ、ほら、教会の裏の2本目の角のここ、と指し示した。
「本場のフォンデューは、そりゃあうまいよ。しばらく行ってないけど思い出すなあ」
はあ、としか言えない僕に、クラタさんは、すっかり長話してしまった、世話になったお礼をしなくちゃ、と謝った。いいですよ、と答えたものの、僕はクラタさんに興味が沸いていた。話半分としても、面白いおっさんだ。
連絡先を教えあって、その日はクラタさんと別れた。
ほどなくクラタさんから、孫とテレビ電話ができたと連絡があった。お礼に来週ランチどうですか、と言う。
次の日曜、指定されたイタリアンの店に行くと、クラタさんはちょこんとテラス席に座っていた。
「フォンデューはないけど、ここは何でもうまい。遠慮しなさんな」
クラタさんは上機嫌でアンティパストをつつき、うまそうにハイボールを飲み、身振り手振りをまじえて武勇伝をいくつも語った。
たとえば、こうだ。70年代、南米の小国でクーデターが勃発した。その国にいた当時の恋人を迎えに行こうと、クラタさんは羽田に向かった。搭乗時刻にギリギリ間に合って機内に駆け込んだら、乗客はクラタさん一人だけだった。
「そんな時にそんな国に行くのは、そりゃあワシぐらいです」
その後混乱する現地で彼女を探しあて、一緒に舟で川を下り、国外に逃れたという。
アメリカのハイウェイでは、急ブレーキを踏んだ大型トラックに、後ろから時速60マイルで突っ込んだこともある。
「ところが、ちっこいスポーツカーに乗っとったから、トラックの車体と道路の間にクルマごとすっぽり入って、助かりよった」
ローマでは、バッグをすられた若い女性に出くわし、犯人の男たちを追いかけた。
「路地に入ったところで追いついて、返せ!と日本語で叫んだら、向こうも血相変えよってね。ナイフをギラッと抜かれたんですわ。さすがにまずいかな、思うたんやけど、とにかくワシもカッカしとったから」
クラタさんは一歩も退かず「返してくれればポリースには言わへんから」などと、日本語でまくしたてた。その剣幕に驚いたのか、彼らはしばらく顔を見合わせ何か話し合っていたが、バッグをそのまま返してきた。
「グラッチェグラッチェって受け取ったら、何やら呆れたような顔をしとったよ」
どこまで本気にしていいのやらと思いながらも、僕は腹を抱えて何度も笑い、すっかり
話に引き込まれていた。どの話も嘘と言い切れないほど、妙にリアルなところがあるのだ。気づいたら、ランチタイムはとうに終わっていた。
約束通り奢るよ、と言うクラタさんに、いや僕のほうが飲みましたから、と答えると、
クラタさんは千円札を1枚だけ出し、財布を引っ込めた。
・・・映画は危機一髪のシチュエーションを乗り越えた主人公が、その裏に張りめぐらされた陰謀に気づき、仲間(実は敵のスパイ)に真実を問い詰める、という展開になっている。やっぱりそう来るか、と思いながら、僕はゆっくりオン・ザ・ロックの2杯目を味わう。
現実の世界では、そもそも真実がそんなに大切じゃない時が、結構な頻度で存在するんだよな。
イタリアンを食べながら武勇伝を聞いた後も、僕はクラタさんと何度か一緒にお茶やご飯に行った。大した金額じゃないが、支払いはいつも僕だった。「テレビでんわ消エチヤツた」(アプリを削除してしまったらしい)と、カタカナだらけのSMSで呼び出されたこともあった。会うとクラタさんは、ラスベガスで大富豪にテーマパークの共同経営を持ちかけられた、とか、ニースで大女優の別荘に迷い込みお茶をご馳走になった、などと話した。
ある時、僕がニヤニヤしながら
「クラタさんの人生って、下手な映画よりよっぽど面白いですね。どこかのプロダクションに、売り込みましょうか」
と言うと、クラタさんは慌てたように
「そういう話は何度もいただいとるけどね、カミさんが反対しよる」
と手を振り、
「キミには世話になっとるから、一度ズーリックのヒュッテにお招きするよ。カミさんと久しぶりに行くんやけど、一緒にどうですか」
と真面目な顔で言った。いや、お誘いはうれしいけど仕事もあるし家族もいますから、と答えると、クラタさんは、そやろなあ、とちょっと寂しそうに笑った。
しばらくして、クラタさんからの連絡がぱったり途絶えた。スポーツクラブにも現れないし、SMSも来ない。さてはズーリック行きは本当だったか、と思う反面心配になって携帯に電話したが、「クラタです!メッセージをどうぞ」という甲高い声が流れるだけだ。
「クラタさん、最近来てる?」
とインストラクターに尋ねても、
「さあ・・・お見かけしないですね」
としか答えない。考えてみれば、僕はクラタさんの家も知らないし、美人の奥さんにも会ったことがないし、娘の写真も孫の写真も
見せてもらったことがないのだ。これ以上、手がかりはない。
少し様子を見よう。あんなに元気だったんだし、きっとまたひょっこり現れてフォンデューがうまかった話でもしてくれるだろう、と思った。
クラタさんの奥さんから手紙を受け取ったのは、その3週間ほど後だった。スポーツクラブに退会手続きをしたいと年配の婦人が現れ、僕に渡してくれ、と託していったそうだ。
手紙には流麗な文字で、クラタさんが散歩中に倒れて入院したが、大事には至らず今は静養中であること、娘と孫が待つ香港にクラタさんを連れて戻る予定であることが書かれ、こう結ばれていた。
「親切な方がいらっしゃると、主人が申しておりました。日本に戻って参りましたらまたお付き合いください。」
そうか、美人の奥さんも可愛い娘も孫も、実在していたんだ。ヒュッテやベトナム戦争や、ローマのスリやベガスの富豪だのは正直、嘘でも本当でもいい。クラタさん、幸せだな。何だかうれしかった。
・・・2杯目のオン・ザ・ロックが終わる頃、映画もエンディングに差し掛かっていた。主人公は何とか窮地を脱したものの、敵の残党は復讐を誓っている。これはパート2がありそうだな、とふとスマホに目をやると、何かメッセージが来ているのに気づいた。
「クラタでス生きトリます オ元気ですカ」
どうやらこちらも、続編が始まるようだ。