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第95話
第95話
思いがけない物
戸棚や押入れの中から思いがけない物が出てくることがある。古い写真であったり、年代物の梅干であったり。つい先日も『G&G 白びん』と『アップルワイン』のミニチュアボトルが出てきた。『G&G 白びん』は、1968年(昭和43年)10月下旬に発売された特級ウイスキー(当時)である。CMに登場したシャンソン歌手・越路吹雪さんの「じーあんじー」の歌声が懐かしく思い出される。
ずんぐりと丸いボトルに淡いクリーム色のキャップ。発売当時は、760mlでアルコール分・43%、小売価格は1,900円であった。黒いラベルの中央には、以前の『スーパーニッカ』にも使用されていた山中鹿之助の「兜」をデザインしたエンブレムが描かれており、それを囲んで“POT STILL”“COFFEY STILL”そして“SUPER WHISKY AGED IN WOOD”の文字が記されている。
『G&G 白びん』は、余市蒸溜所のモルト原酒と熟成に達した西宮工場の「カフェグレーン」をブレンドしたもので、同年10月5日には、「ホテルオークラ 平安の間」で新発売披露パーティーも行われた思い出深い商品のひとつである。
また、この年は、政孝親父がウイスキーづくりを志して1918年に渡英してからちょうど50年目の節目を迎えた年でもあった。『G&G 白びん』は、当時のソ連にも輸出され、『ホワイトニッカ』と共に小樽港からウオッカの国へと船出したのである。遠い異国で日本のウイスキーはどう迎えられただろうか?今でこそニッカのウイスキーは世界から高く評価されるようになったが、40年以上も前のことである。願わくは、「Вкусно(フクゥースナ=おいしい)!」と飲んでくださる方がいたなら幸いである。
思いがけない物といえば、政孝親父のプライベートの手帳である。ウイスキーづくりを学ぶために記したノート(「竹鶴ノート」)には、たくさんのことがびっしりと書き込まれていたが、元来、政孝親父は細かくメモしたり、記録に残すことをほとんどしなかった。そして、大概の物は生前に処分してしまっていたが、黒い革製の『MY TRIP ABROAD』は捨て難かったのか残っていた。
ページをめくってみると表紙の裏に小さく「$2.50」と書かれている。ニューヨークのブロードウェイで1925年7月に購入したようだ。奮発して良い物を買ったのか、なかなかしっかりした装丁で、いまだに型崩れもしていない。各国の時差や貨幣単位、郵便料金表などがあらかじめ記載されており、あとは日記とメモが書き込めるページが続く。
日記やメモは英語で記されており、政孝親父とリタおふくろの筆跡が残る。内容は「何月何日に、何処へ行った」というものであるが、「Mosthappy day!」「The greatest day」という文字が躍っている日もあった。2人が揃って日本に帰国する前は離れていることもあったので、日記という形でコミュニケーションをしたのであろう。いわゆる交換日記のようなものであろうか。詳しい内容は政孝親父とリタおふくろに了承を得ることができないため、ここに書くことは難しいが、まさか私が読むなどとは想像もしていなかったに違いない。
インターネットを利用したブログや電話、メールなどが普及した現在、遠く離れた人とも簡単にコミュニケーションが取れるようになった。聞くところによるとパソコンでテレビ電話のようなやり取りもできるらしい。そうなると交換日記や手紙はまどろっこしいものである。文明の発展は便利な物を次から次へと生み出してくれる。しかし、手間や時間が省ける半面、情緒や待つ楽しみが減ってしまうような気がしてならない。あと半世紀も経つと世の中はどうなっているのだろうか。